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2009年4月

2009年4月30日 (木)

マルセル・ブーシェ について!!

今日は コスチュームジュエリーの偉大なジュエラーの一人 マルセル・ブーシェについて記事を書きます。

1898年パリに生まれる 1910年代カルティエで原型を作る職人でしたが 
1922年にピエール・カルティエが経営するニュヨークに派遣される 
1929年の世界大恐慌で カルティエを解雇されます しかしパリには帰らず
1927年に設立されたばかりの”メイザー・ブラザーズ”でコスチュームジュエリーのデザイナーとして勤務します 
1937年に会社を立ち上げ自身のブランドを販売して行きます

彼のカルチエ時代の宝飾技術を使ったコスチューム・ジュエリーは人気を呼び 今でもビンテージのファンが多いのですが ラインストーンやエナメル仕上げはデザイン共に質の高いジュエリーです(クロスオーバーと呼ばれるファインジュエリーにも負けないものです)

後に彼の妻になるサンドラ・レイモンド・セメンソーンが1949年にアシスタントとして入社します 彼女もハリー・ウィンストンでアシスタントの経験が2年もありました
1958年に彼女はチーフ・デザイナーとしてティファニーに迎えられる事となりますが ブーシュは快く送り出したそうです
1961年彼女は ブーシュの会社に戻ってきます その後更なる技術とデザイン力がアップした事は言うまでありません。

しかし1970年代前半には 時計メーカーに買収されてしまいます
このころから 大量生産 大量販売の波が押し寄せ 芸術 工芸から 工業製品になっていき こだわりや技術 芸術を求めた多くのジュエラーが消えていきました
努力や工夫が認められず 当時の低価格の物に大衆が飛びついたということです
現在その質の高さが評価され ビンテージとして人気があるのも皮肉な結果です。

ジュエリーをコスチュームジュエリーと本物のジュエリーと分ける方がほとんどですが

日本ジュエリー協会の区分で 英語版に書いてあるグラフからすると ①ジュエリーはファインジュエリー(ハイジュエリー)②コスチュームジュエリー③アクセサリー とピラミッド型に装飾品は区分されています。

これが正解でしょう!!
大量生産されたダイヤモンドジュエリーは オシャレ用ですからコスチュームジュエリーと呼ぶべきで ハスケル ブーシュのコスチュームジュエリーは格上の作品ですが大きな意味で②に入るでしょう よくイミテーションと呼ばれるガラスをボンドで接着したような物はアクセサリーと呼ぶべきです。

クロスオーバーのジュエリーは 職人の手間は同じです 
技術が必要なだけ価格も当然高くなります しかし修理もでき 
大統領夫人でも着用されるレヴェルです。
ジュエリーもピンからキリです なまえは同じでも全く違う物と言うことです。

MONDIA BIJOUXもクロスオーバーの物づくりを 行っています 一度ご利用ください 

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マジョルカパール(貝パール)ネックレス
一番大きな珠は17ミリです

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2009年4月29日 (水)

「コスチューム・ジュエリー」の解釈のホント!!

コスチューム・ジュエリーの解釈の多くは 模造 ファイク イミテーション ニセモノ と言う言葉が必ず使われております。

大統領夫人が 偽物を お付になると思いますか?
結論から申し上げると ”オシャレ用なんです 流行に合わせ次々に換えるものです”。
”買い換えること” ””買い換えができること それが贅沢(ラグジュアリー)なんです!!

 
偽物とかファイクとか 素材についての論議も 戦時中で素材が手に入らなかったとか 制約を受けたという理由もありますし 技術的には宝飾技術を使った物も沢山あります。 
当時の「シャネル女史」や「ハスケル」のコスチュームジュエリーなど 一部の資本家やセレブと呼ばれる方しか使う場もなく 価格も大衆では 手の届かないものです。

ジュエリーは もともと王侯貴族 や教会等で着用されていたものです 産業革命や戦争 大恐慌 という流れの中 王侯貴族の没落 次の消費者として資本家の台頭 このころからジュエリーの大衆化や機械化が始まります ここで言う大衆とは 資本家の事です 一般人は精々 宗教的な十字架 マリア様のペンダント 結婚リングを着用するくらいでした。

コスチュームジュエリーはパリのメゾンから始まります
JEW(ユダヤ人)の語源から解るようにJEWELRY職人は ドイツより逃れるためにアメリカに渡ります。彼らの宝飾技術を使ったコスチュームジュエリーの出現と 戦後のアメリカの経済的発展に伴いコスチュームジュエリーは 大発展します 
しかし大量生産 大量販売に向かい コスチュームジュエリーに芸術性に工芸品を求める デザイナーやメーカーは やがて消えていきます。

それはダイヤモンドジュエリーにも同じことが言えます 王侯貴族のダイヤモンドが不足していた時代から1980年代にオーストラリアの鉱山は年間5000万カラットを生産を始めインドで研磨 東南アジアで加工 販売 アメリカ 日本・・という 芸術品でも工芸品でもない 工業製品としてのダイヤモンドジュエリーが 大衆化という名目でアメリカ 日本の市場を席捲していきました。

王侯貴族時代は地金は銀がほとんど使われていますし 今でもプラチナはファインジュエーとか一部にしか使われません。地金で本物ニセモノも やめて下さい カリスマ デザイナー JARはニッケルを地金にする場合もあるんです。

今でも ”グラフ”に代表されるハイジュエラーは 交換価値も芸術価値もあるジュエリーを販売していますが 一部の富裕層だけが対象です 雑誌以外で見ることはほとんど叶わない作品です。

我が国は 戦争で負けたことで 農地改革 財閥解体と言う 政策で階級社会が 一時的にせよ無くなったからですが イギリスの様な階級社会では 大地主もいますし
階級によって話す言葉も異なるのです 法律で大学のOO%以上を労働階級の入学を認めるとか 選挙でも世襲議員に制約があるとか 階級社会の是正を行っています。

コスチュームジュエリー やダイヤモンドジュエリーも ピンからキリなんです!!
(シャネルハスケル 等のビンテージの人気があるのも作り方や芸術性からです)
現在のジュエリーは大半は大量生産された 使用価値だけの製品なので 
つい 本物とは?なんなんだろと思ってしまいます。

誰しもアラブの王様と 同じ様な言い方をして 偽物 本物 模造 フェイク・・と申されますが 現実や本質を 見て下さい 一般的なものは 唯の装飾品なんです。
ジュエリーの始まりは権威の象徴なので 一般化て オシャレ用て事でしょう。
そして 流行に合わせ買い替えて下さい ただ記念品としてはズートお持ちください。
尚一般ジュエリー(消耗品)にレプリカ感覚での トラヴェル・・・など屋上屋というところです。

MONDIA BIJOUXは人造宝石を使い宝飾技術でクロスオーバーの物づくりを行っております 一度お試しください。

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2009年4月28日 (火)

ミリアム・ハスケルについて!!!

ミリアム・ハスケル(1899年~1981年)について検索が多い様なので記事にしました。

”アメリカン・コスチュームジュエリーの女王”と呼ばれ 今でも人気のコレクターアイテムとなっています。

コスチュームジュエリーの口火を切ったのはシャネル女史であり ハスケルもシャネル女史に 憧れていたと言われています。

フランスのメゾンのコスチュームジュエリーの考え方と違い ハスケルは”最高のジュエリー”を作るという考えのもとに臨んでいる点が メゾンのデザイナーと決定的に違う点です。

その根本の理由は アメリカには 貴族が居なかったからです!!!。
シャネル女史のオートクチュールの顧客は 貴族達から始まりますが 戦争の為男性が少なくなり やがて女性の社会進出が始まろうとする時代であり オートクチュールも 貴族が主たる顧客にならなくなってきた時代です.
シャネル女史の「夫や彼の財力を 手や首に巻いた様なジュエリーは お洒落でも何でもない!!」という意味は 女性の自立を促している言葉でもあります。

ハスケルは1923年で店を開き 1926年には自身のブランドを発表し 大成功を収めます
ハスケルは自身のプライドを保つ為に 「ブランドクオリティ」こだわり 素材はヴェネチア ボヘミアンから取り寄せ コーラル シェル など自然素材も使い 素材の止め方もワイヤー使いでワイヤーを隠すために さらに徹底した仕上げをおこなつています。
デザインは 天才デザイナーと呼ばれたフランク・ヘスによるものが多く 彼女はディレクター的な役目が主で 「彼女の新作」が発表するごとに ラリー・オースチンにより宣伝用のスケッチをさせ 一点ものには ナンバリングまでしていました。
(ジョーン・クロフォードの遺品にハスケルの作品が買った時の箱に入れ 値段と日付まで書いた状態で見つかったそうです いかに大切にしていたかと言う証拠でしょう)

1929年の大恐慌も 乗り超え1933年に60人の従業員を抱え工房やショウルームまで開設し 当時のルーズベルト大統領夫人もハスケルの作品を着用するまでとなり シャネル女史に憧れていた彼女が 今度はパリやロンドンにも輸出するまでとなります 第二次世界大戦後絶頂期を迎えますが 1950年にはハスケルは精神を病み 事業を実弟に譲りわたさねければならなくなります。

デザイナーはヘスは1963年1年程他の会社で「アモラレリ」を発表しますがその後戻り10年間勤め上げたそうです
60年代の主力デザイナーはロバート・クラー ピター・レインズ70年代ラリー・ウルバ
80年代ミッリエ・ペトロンツィオに引き継がれていきました。(後に独立した人も多い)

また ハスケルのところで働いた人で独立した ロバート・デ・マリオやスタンレー・ハグラー ユージン・シュルツにも彼女の影響が見られると言われています。

MONDIA BIJOUXは クロスオバーの技術で 最高の素材で 物づくりを行っています
ハスケル女史の物づくり情熱を引き継ぐつもりで頑張ります!! 

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マジョルカパール(貝パール)マルチカラーの3連ネックレス

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2009年4月27日 (月)

執事て?

しつじ? ひつじ? どこかのCMでありましたね?

最近 執事とか メイドとか 貴族社会への憧れか?流行してますね。
イケメン執事まで 登場してますよ。

執事てどんなことをする人ですか?
「へそ曲がりの大英帝国」 新井潤美著より
執事を BUTLERと呼ぶのは 酒蔵の管理が大切な役目の一つだつたからだそうです。
執事は上級使用人ですが 従僕として実地訓練の後 第三従僕から第一従僕に格上げされ さらに執事と出世していくのだそうです。(従僕は薪運び ガードマン・・・雑用をする使用人です エドワーディアンの時代の理想的なカントリーハウスには メイドを含み20名以上の使用人がいました)

執事の事で 不思議に思った事は 服装 言葉づかいも紳士の様に振舞いますが 服装 言葉使いに 本当の紳士ではないというところを 見せなければならないという点でした。
(他の使用人と違い私服で正装して仕事をするのですが 一か所ルールと異なる服装をするとか・・)

確かに 主人と間違われないという点で 理にかなっているのでしょう 。
また 彼らは名前を呼ばれる時は 主人の名OOであれば ミスターOOと呼ばれ個人の名を呼ばれる事はないそうです。
言葉づかいも階級によつて違い 今でも  地方は階級という繋がりでコミュニティーが成り立つているというところが多いそうです。 

ジュエリーに関係ないことだとお思いでしょうが 先日の記事に書いた ヴィクトリアン エドワーディアンが 一番英国の良き時代であり貴族文化 芸術が花開いた時代であり執事達が活躍した時代です。

階級社会という中で 執事 メード が存在すると言う現実と
名前が同じでも まったく違うものである言うこと ”執事”と”テレビで見る執事”  ”王公貴族の時代のジュエリー”と”現在の一般的なジュエリー” ・・・・雑学に入るかもしれませんが歴史や知識が 消費者の為になるんではと いろんな角度で ”ジュエリーのホント”書いています。

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人造宝石のピアス (イアリングにも加工致します)

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2009年4月26日 (日)

ダイヤモンドのカットについて!!

輝きを引き出すために原石をカットするのですが
理想とする輝きの為には原石の45%~50%にカラットは減ってしまいます。
(カラット重視のダイヤモンドは 本来目指す輝きよりも当然劣りますが 重さを売り物にして価格を上げるという考え方です わが国でもカラット重視で購入する方も多いようなので そういうカットもあるということを知って下さい)

ダイヤモンドは 最初に注目されたのは その硬さからでした 
カット 研磨という技術がダイヤモンドに施されることによって 輝きと希少性で 忽ちジュエリー素材のトップに成って行きます(現在のジュエリーの素材の50%以上がダイヤモンドジュエリーです)
最初は ダイヤモンドを擦り合わすことによってカットしたものから 14世紀~15世紀末 ポイントカット テーブルカット オールドヨーロピアンカット ローズカット バケットカット ブリオレットカット エメラルドカット オールドマィンカット・・・  が生み出され16世紀中ごろにブリリアンカットが始まりす 1919年に輝きを最大限引き出す58面体のアイディアルラウンドブリリアンカットが作りだされます。

カットを考えた職人の名は 解っていません みんな稼業としての仕事だったということのようです。中にはジュエラーとして成功を収めた人もいます。
(有名なラザール・ダイヤモンドの創業者”ラザール キャプラン”は「カツティイングの魔術師」と呼ばれるほどカッターで 理想とするカットを”ダイヤモンドの重要な判定基準”として位置づけるため 妥協しなかったと言われています  GIAのカットのCは彼が決めたもので後にGIAの名誉副会長に就任しました)

現在スタンダードカットは エメラルド ラウンド マーキス オーバルハートシェイプ スクエア(プリンセス) ペアシェイプ です

最近のアンテークジュエリーの人気から イスラエル インド ドイツなどで補修用を含め 新たにオールドカットの研磨が盛んになっています。

オールドカットでのお話ですが アンティークジュエリーの修理について職人さんに伺った事です 
「修理に使うオールドカットのダイヤモンドがないので たとえば ポイントカットの代りにプリンセスカットを裏向きに使い輝きを抑える処理もするんです」。
さらに「当時ダイヤが不足していたので 壺の様なところにダイヤを入れ 壺の内側には 金を張ったり 鏡を張ったりしてダイヤモンドが大きく見える工夫がしてあるんです」
その為「 中に水が入り 曇るので修理依頼がくるのですが 最初はどう修理するか解らなかった」そうです 現代と違った職人さんの 技術を知り大変勉強になりました。2009_02170003_2

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マルチカラーの人造宝石と合成宝石のネックレス 

定価 ¥120000

ピアス¥50000(イアリングにもチエンジ致します)

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2009年4月25日 (土)

ホンモノ ニセモノ・・・・・もう止めましょう!!!

ジュエリーの歴史を知れば知るほど ”偽物”とか ”本物”とか は セールスのために使われている言葉であり 消費者も 本物志向というものの意味を錯覚している様に思います。

購入者が 王公貴族から資本家 さらに一般庶民と移り変わる事によって ジュエリーは芸術品 工芸品から 工業製品へと変わり
現在のジュエリーは 使用価値しかない流行品がほとんどです。
勿論現在でも ハイジュエラー”グラフ”の様に交換価値もあり 希少価値のあるジュエリーを作っているところもありますが 例外的で一般的には見ることもかなわぬ作品です。

ダイヤモンドも 1880年代になると供給不足が解消されてきます このころから 大衆化と言うジュエリーの機械生産が始まりますが 地金は銀が中心でした。(このころの大衆は資本家です)
エドワーディアンの時代にプラチナが使われましたが ロシアからの供給が途絶え ホワイトゴールド中心に変わります プラチナは欧州では約30年の歴史でした
現在プラチナを使って作製するのは ハイジュエリーと呼ばれるものだけになっています。また カリスマデザイナーJARは 地金にニッケルを使うことさえ有るんです。

1980年にはダイヤモンドもオーストラリアから 年間5000万カラットも生産される様になり さらに低価格の工業製品としてのダイヤモンドジュエリーがアメリカ 日本を席捲していきました。

エイワーディアン時代は王侯貴族の大ぶりなジュエリーが主力で 量産されたのは 縮小されたり 一部のモチーフを使った物だったそうです。(王公貴族やハイジュエリーに レプリカはあつても一般のジュエリーに トラヴェル用なんか必要のないものです)

さらに近年天然石を レザー 圧縮 加熱 ・・・・等 お化粧が多くなっています。勿論 これも非処理天然宝石というものが御座います。

これらの事から 一般ジュエリーを 本物と呼ぶこと自体可笑しいことです。
装飾品として 装いに合わせ 場所 相手に合わせお使い頂くものです 勿論流行品ですので買い替えもお願いしたいのです。

夕刊で田中康夫さんの記事を読みました フランスでは ”ブーランジュリ”を名乗れるのは店舗だけではなく自分で作ったパンを販売している所だけだそうです 其れは法律で決められているそうです。 
パンだから? パンでも ?か解りませんが ある意味規律があります。

ジュエリーは 宝石鑑定士といっても公的なものではなく あくまで性善説の上に成り立っている業界ですから 消費者の方もモット知識を持つて頂きたいと思います。

MONDIA BIJOUX 人造宝石 合成宝石を宝飾技術で 製品を作り上げるクロスオーバーの物づくりを 行っています 一度ご使用くださいませ。

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オニキスのピアス

¥38000

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2009年4月24日 (金)

ジョージアンて?

1800年~1837年の芸術 建築 ファションの様式の事です イギリスのハノヴァ朝のジョージ国王の名前からこう呼ばれています。 一番耳にするのは建築様式としての ”ジョージアンスタイル”です。(テラスハウス タウンハウス)

では ”ジュエリー”としての ジョージアンとは?

この時代は フランスでは フランス革命勃発 1802年ナポレオンは 終身大統領 皇帝へと登り詰めます そしてフランス革命で失われた宝石の買い戻しを始めます 戴冠式のジュエリー 王妃に与えたジュエリーと ”ショーメ”をはじめ御用商人が数多く生まれました

素材としては ダイヤモンドはまだ不足しており 戴冠式の王妃の王冠も 以前の王冠からダイヤも取り外したり ジュエラーから借りたりという時代でした 
石のセッティングは 裏側に光がと売り抜けるオープンセッティングに移る時代で 金も貴重な素材で 地金はシルバーが多く使われています 職人の技術も向上して 繊細な作業で バラや菊といった植物 や動物を忠実に表現するデザインが多く作られました 
ダイヤモンドのカットはオールドマィンカットやオールドペアシェイプカツト ローズカット・・・が使われています。

イギリスでも”ファション” ”ジュエリー”に関してはフランスに影響されています。
(今でも フランス製だとつい買ってしまうイギリス人は多いみたいです)

話が脇道に入りますが doraku.asahi.comの甲虫日記の記事で
”ポールマッカートニー”の婚約者の自宅が6階建ての”ジョージ王朝のテラスハウス”で ポールはそこの屋根裏部屋に しばらく住んでいたと言う事!!!
そこで「AND I LOVE HER」や「YESTERDAY」・・・数々のラブソングを書いた事!! 
200年くらい平気な建物と ポール(ビートルズ)の当時の革新的音楽の取り合わせ 
”ハイジュエラーグラフ”の本店もタウンハウスを 改修したもの イギリスて奥が深い国なんですね!!2009_04204200045 

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人造宝石約5カラットローズカットのリング

定価 ¥40000

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2009年4月23日 (木)

アールデコの時代!!

アールデコは 1920年~1930年に流行した装飾様式の事です。
この時代は 第一次世界大戦(1914年~1918年)の終戦と その後起こった世界恐慌(1929年~)の間の事です。、
社会は貴族階級の没落や 戦場に行ってしまった男性に代って女性の社会進出が始まる時代でもありました。

1925年に パリ万国装飾美術博覧会は 略称を アールデコ博と言いこの博覧会での出品された 中東の幾何学模様 アフリカの色彩 東洋美術 ・・・は多くの分野に影響を与えました。

ジュエリーは 女性の社会進出に伴い 自ら購入するジュエリー 使いやすいジュエリー 
素材は南アフリカダイヤモンド鉱山の供給が再開され 脇のデザインにダイヤモンドをパベセッティングされたものが多くみられます さらに1919年に58面体に開発された ブリリアンカットや色々なカットを用い 輝きにも変化のある作品も多く作られました。

ファションは シャネル女史の活躍の始まる時代です まさに女性の社会進出の時代にこそ生まれたデザイナーです ジュエリーも 夫や彼氏の財力を誇示するジュエリーは オシャレではない!!
作品もジャージーを使い動きやすいドレス!!(今まではのコルセットを使ったドレスが多かった)と発言やデザインにも表れています。

世界恐慌 第二次世界大戦が始まる前の 良き時代でした 。
ジュエリーも 社会の変化により販売対象が変わり 様式にもさまざまな流行があり 今日に至っていますが ”ジュエリーという名は同じ”でも 今日の大半のジュエリーとは まったく違う意味合いが違うと言うことです。

いまだに 欧州のアンティークジュエリーも人気があるのは ”デサインの芸術性” ”希少価値”と ”量産化される前の作品(職人の技量による作品)”だからでは無いかと思います ブランドの代表的作品もこの時代のものが多くみられます。

MONDIA BIJOUXも アンティークデザインのリングに 挑戦しようと思いました。

2009_04204200048 MONDIA BIJOUX

パターンオーダーのリングです

約5カラットの人造宝石を使い シルバー925をロジューム貴金属メッキしています

定価 ¥55000

納期はご注文後3週間程度です

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2009年4月22日 (水)

アールヌーヴォー時代のジュエリー!!

アールヌーヴォーは1880年~1914年のヨーロッパで花開いた装飾様式の事で
フランス語で 「新しい芸術」の意味します。

その特徴は1900年のパリ万国博覧会で注目された”ジャポニズム”あると 言われています
浮世絵などの非対称な曲線 平面的装飾 など日本美術の影響が感じられる作品が多いとされています。
そのアシメトリーでナチュラルな曲線を用い 女性や自然界の動物や植物をデザイン化した作品は 特権階級に支持され 貴族たちも好んで求めました。

ジュエリーとしてはダイヤモンドを使ったものは少なく この時代を代表するデザイナーのルネ・ラリックは 自然モチーフのジュエリーの素材にエナメル ガラスを使っています(後にラリックはガラスを使った香水瓶 オーナメントの工業生産を行う方向へ進む)

19世紀後半から始まった「ジュエリーの大衆化」と言う方向性で 「大量生産されたジュエリー」は質の低下を招きます。 
そういう状況に もう一度”芸術的なジュエリー”を望む声が多く ”アールヌーヴォー”のデザイン様式が起こってきました。

今 不況という事で低価格 アイテム絞り込みという記事が多くみられますが 消費されなければ更なる値引きのスパイラルです またいずれは 人と同じじゃ嫌! カッコ好く! という要望もでてきます でも ある程度皆がそう思うまでは、この低価格大型店の方向性は 変わらないですね。

MONDIA BIJOUXは 変わらず 少量生産ですが 大人の装飾品としての 物づくりを続けてまいります 出張も致しますのでご用命くださいませ。  

2009_04204200043  

MONDIA BIJOUX

マルチカラーの人造宝石ネックレス

定価 ¥38000

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2009年4月21日 (火)

エドワーディアンて?

昨日の続きです
イギリス国王エドワード7世(在位1901年~1910年)の時代の美術 建築の様式 ファションのスタイルの事です。一言で言えばロマンチックで優雅なスタイルです。

ジュエリーとしてのエドワーディアンは?
一番の変化は プラチナの登場です 同時に酸水素バーナーが登場し加工が可能になりました。 其れまでは銀を使用していた為デザインに限界がありました(石留めの為銀の分量が増えシャープなラインが出にくい)

プラチナに合う石として ダイヤモンドがジュエリーの一番の素材となります。(その次にパールが使われた)
デザインとしては 貴族が正装に使うジュエリーとして作られたので 大ぶりなジュエリーが多く ティアラ  ソートワール コサージュ・・・と左右対称のデザインが特徴でした。

さらには ヴィクトリアン時代から始まった機械化等で ジュエリーの大衆化が始まっていますのでデザインの縮小版 一部のモチーフだけ使ったもの・・・・・が多く作られましたこれらもエドワーディアンのジュエリーと呼ばれます。(本当の意味での大衆化は1954年以降です このころの大衆とは一部の資本家のことです)

しかし1920年頃プラチナの供給がロシアからストップしたこともありプラチナ使用は減り  ホワイトゴールドが素材の中心となります。(欧州では約30年間の歴史です)

今でも我が国でジュエリーでプラチナ使いが多いのは このエドワーディアンの時代 日本の職人が 技術取得のため英国に派遣され その後大戦や島国という事情があつていまだにプラチナが多く使われているということです 

私見ですが 我が国のジュエリーのプラチナ使用は高級包装の様に ダイヤモンドの石質の底上げの様に?思います(売上中心主義)
ジュエリーは 消費者の方が一番知識が無い分野だと思います。

婚約指輪の月給3か月説!! トラヴェルジュエリー説!!・・・ コマーシャルが伝説になっています

今でもプラチナは使われていますがそれは ハイジュエリーと呼ばれる極めて高価な製品にしか使われません。またレプリカ気分で トラベル・・とか 大衆化された流行品のジュエリーに さらにトラヴェル用を買う事は 屋上屋のようなものです。
(発売されている方も 商標と書いておられます)・・・いろんな伝説 見てきたような解説までついてます!!!
ジュエリーの大半は 使用価値の流行品です 装いに合わせお使い下さい
流行品なので 流行にも合わせて買い替えもお願いいたします

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定価 ¥28000

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2009年4月20日 (月)

ヴィクトリアンのクラスターリングて?

若き「グラフ」が セールスで 持ち歩いたと言われる ”ヴィクトリアンのクラスターリング”についてのお話です。

ヴィクトリアンとは ヴィクトリア女王(在位1837年~1901年) 時代の 美術様式 建築様式 ファションスタイル・・・の事です 英国が産業革命により 植民地の獲得 資本主義の発達と 一番輝いた時代です。

ジュエリーでの ヴィクトリアンとは? 
それまでの王侯貴族だけのものだった ジュエリーは 新たな購入者として 新興産業の資本家が加わりはじめ ダイヤモンドも 南アフリカの鉱山発見 電灯の発明により 光り輝くダイヤモンドは夜の装飾品として注目されたり ダイヤモンドのカット技術の向上そしてデザインも大きく変化し装飾品の需要が増してきました この状況下 ジュエラーも機械化を導入し ジュエリーの量産が始まります。

デザインは 自然主義が中心で 繊細で洗練された作品が多く 花が揺れるトレンブランや滝のようなドロップ型のジュエリーが代表的デザインと言われています。

ダイヤモンドのカットまだローズカット オールドマインカツト テーブルカット オールドヨーロピアンカットでした (本格的に58面ブリリアンカツトが始まったのは1919年になります)

地金はシルバー・ゴールドがほとんどです(シルバーの裏を金で裏打ちしたもの)
(この時代は フランスでは ルイ・フィリップスタイル ナポレオン3世スタイルの時代に中ります)
クラスターリングは花の房のように幾重にもなったモチーフのリングの事です・

若き「グラフ」の嗜好と 地金もシルバーゴールドだったのでは?とセルースマンとして!経営者として!デザイナーとして!幾つもの顔が想像できます

2009_04204200035 MONDIA BIJOUX

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2009年4月19日 (日)

パンテール モチーフに見られる ハイジュエリーとオートクチュールの関係

パーンテール柄と言えば 今や 大阪のオバチャンの代名詞の感がありますが モードになった歴史について 今日は考えます。

ルイ15世が パンテールの毛皮を王妃にプレゼントした頃は 東洋の情緒溢れる 貴重品としての物でした。

その後1947年に華々しくオートクチュール界にデビューした”ディオール”は ミューズとした ”ミッツア・ブリカール”が好んでいた事もあり ”パンテール モチィーフ”を春夏コレクションで採用し 「アフリカン」と名付けたモスリンのロングドレスの作品は 大好評な結果で終わり 以後ディオールのファションとしては欠かせないモチーフとなります。
ディオールの女神と呼ばれた”ミッツア”は シフォンのスカーフとしてパンテール柄を使ったり パールを幾重にも使う使い方 ハイヒールの提案と エレガントなセンスで ディオールの成功に助力したと言われています。

ハイジュエラー カルティエのディレクターの”ジャンヌ・トゥーサン”は1942年には パリ本店で最高責任者となり 彼女のデザイン方針で 動物や鳥のモチーフを 多く提案していきます 1947年のウィンザー公の”パンテールブローチ”に繋がるのですが、 
もともと 彼女の部屋にパンテールの敷物があり シガレットケース等にも モチーフ使いが多く 彼女の事を「パンテール」とも呼ぶ人もいたそうです。
今でも カルティエの代表的な作品として ”パンテールモチーフ”は カリティエ伝説の一つとなっています。

バンクリーフ&アーペルも オートクチュールとの関係や影響を互いに受けていたというお話を致しましたが ”ミッツア” ”トーサン”も交流があったそうです。

我が国のパンテール柄は 大阪のオバチャンだったり セクシー風だつたりなんですが
オートクチュールやハイジュエリーが 出発点とは 川下まで来るとずいぶん 様変わりしてますね。
”ディオール”や”トーサン”も 嘆いているかもしれません?2009_04040020

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人造宝石 合成宝石パベセッティングのリング

定価 ¥55000

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2009年4月18日 (土)

「婚約指輪と結婚指輪 どちらかじゃダメなの?」の記事を見て

その答は
”婚約指輪”は 「結婚の約束が成立していることを表す 結納品」で
”結婚指輪”は 「永遠の愛の誓いとして取り交わす物」ですと 結婚情報関係の方から説明を聞きになり、

さらには 現在の婚約指輪の相場は 以前の月給3か月だったが いまは30万円~40万円ということを聞いて 少し高いけれど ここで安く抑えても 10年後のスイートテンダイヤモンドで倍返しになるかもしれないので注意してくださいと記事を結んでいらっしゃるのですが。

いずれも メーカーのコマーシャルを 習慣や慣例の様に思われています。欧州ですら 婚約指輪を 贈る人は稀なのに我が国では 古墳時代~明治まで装飾品の文化は 有りません 指輪など極々最近の事です。 

あの 「ダイヤモンド王」と呼ばれる”グラフ”でさえ その時の自分にできる 最高の事を行っています。 はっきり言って 100万円でも 財産価値がないと言われているんですよ。

昨日も申し上げましたが 地金もプラチナで なくてもいいですし 結婚指輪には 女性用とてダイヤモンドをセッティングしない方が良いと思います 日常使って重いものを お持ちななるとリングが変形して 石が落ちることが多いからです。

形から入る事は 必要ですが 値段から入る事はないのでは!!!
ましてや 我が国の男性が毎月平均して使う衣料代金は 52%の人が5000円未満だそうです。もっとオシャレもしてもらいたいと思います お金も有効に使い カッコイイことして下さい。

結婚式が人生の一番お金を使った日にならないように注意して下さい
結婚してからの方が お金を必要にする機会が多いと思います

チョッとコマーシャルになりますが MONDIA BIJOUX通販では オーダー 製品ともリ-ズナブルですが シッカリ作ったリングがあります 一度のぞいて見て下さい!!

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2009年4月17日 (金)

プラチナ 7か月ぶり高値のニュースを聞いて!!!

プラチナの国際価格が リーマンショックの水準に回復したというニュースです。
理由は 中国の自動車需要の拡大の期待からだそうです。

昨年の1月~3月の1gが6405円から 今年の同時期は 1gが3170円となりようやく3か月連続の値上がりとなっています(昨年12月1gが2570円が底値でした)

財産として購入される 個人用投資用白金地金の販売量は1月~3月の同時期の3倍にもなっているそうです。(昨年に比べ半値なのと 今後上昇が期待できるからだそうです)

プラチナの採掘地は南アフリカ約76% ロシア約14%と 2カ国で90%を占めています。
それ故 両国の 国有化問題 等が絡み 高騰が予想されているようです。

さて此処で申し上げたいのは ジュエリーの地金のことです 我が国では プラチナ プラチナと おっしゃる方がずいぶん居られます しかし考えてみてください 今プラチナの使用分野は6割が自動車排ガス向け触媒として使われ ジュエリーには2割という状況です。

プラチナ価格が 自動車によって上下する中で どうしてジュエリーの素材にプラチナに固持し続けるのでしょうか?

ジュエリーとしてのプラチナ使用は 19世紀後半に酸水素バーナーの登場で 硬いプラチナが使われるようになり プラチナジュエリーが1915年頃まで 西欧で隆盛を極める事となります(約30年間)
1920年頃には ロシアからの供給が中止され事で 西欧では ホワイトゴールドが主流となりました 現在 西欧では高価な一点ものに使用されるくらいです。

昨日記事にした 「グラフ」クラスでさえ すべてプラチナではありません! !
有る意味 欧州のジュエリーの事情が 島国の為入って来なかった事と 極一部の人々の物であった為という事です。

もう プラチナ偏重は 止めにしませんか? リングで言えば5~20gのもので 財産といってもそんなになりません 王公貴族でさえ 19世紀までは 主力になる地金は 銀です
マリッジリングでも 銀で良いんじゃないですか!!
「グラフ」ですら最初は自分の力に合った 半貴石から始まってるんです。
その時できる精一杯!! 「グラフ」 尊敬します。

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2009年4月16日 (木)

ハイジュエラー「グラフ」のお話2!!

ハイジュエラー「グラフ」のお話で 概略のお話をしましたが 補足を兼ねてもう一度お話の続きを致します。

15歳で ジュエラーの工房への丁稚奉公が ジュエリーとの関わりの第一歩です。
18歳で 起業するのですが 最初は大型宝飾チェーン店より修理等を 24時間サービスで請け負いました。 また半貴石を使ったジュエリーの製作も このころから始めています。

1962年 24歳でロンドンのダイヤモンド街「八ットン・ガーデン」に 小売店を 出店するまでになり。その間もデザインや製造に留まらず 自らセールスマンとして スーツケース1つで 販売に出かけていました。

1966年 28歳で ダイヤモンド・インターナショナル賞を受賞します デザイン力も然ることながら 素材選びから製作に至る過程を一人でこなし 33個の小さなダイヤモンド(この時の「グラフ」にとっては最良の物だつたのでしょう)をセットしたデザインリングですが 
その石留めにも工夫を感じさせる作品であったそうです。 さらに セールスマンとしては販路を 国内から海外へと広げて行きます。

1973年 優良輸出企業として クィーズ・アウォード賞を受賞します  この年に ニュー・ボンドストーリーにサロン(19世紀の貴族のタウンハウスをリニューアルする)を オープンし ブルネイ アラブの王侯 富豪が 訪れるようになります
その後は 鉱山開拓 研磨と 一貫したシステムを作りを行い ハイジュエラーとして世界に認められます。
ロンドンの本社工場では 月に500ピースのファインジュエリーが 製造されており 2007年には 4度目のクィーズ・アウォード賞を受賞しています。

その後も 素材への飽くなき追求は続き 昨年12月にもニュースになった様に クリスティーズのオークションで 23億円とも言われるブルーダイヤモンドを 落札しています

一代でのここまでの成功は 驚きの限りです!! 人物としても チャレンジし続ける姿も魅力的で 他のジュエラーの様に歴史という付加価値がなくても この地位を獲得した事は尊敬に値します。

ジュエリーのデザインや作製の才能と 「顧客の求めるものを たえず用意している」と言われる セールスマンとしての才能が 今日の地位を築く原動力になったと思います。

おいそれと 真似のできることでは 有りませんが 彼も最初は OO風のリングを セールスで持ち歩いてたと言われてます 
向上心と 最高の物を求める姿を 少しでも真似できればと思います 同時に 彼の売り込みという行動力(セールスマン)こそ 真似をしなければいけないと思います 私も顧客様との出会いを求め 出張を増やしたいと思います どうぞMONDIA BIJOUXをご用命くださいませ。

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2009年4月15日 (水)

150年前のフランスの政策も 参考にして下さい!!

最初の世界恐慌と言われた1857年 フランスは ナポレオン3世の時代でした。

ナポレオン3世の 贅沢政策(贅沢の民主化)により 2500万フランの皇室費は 毎夜の晩餐会で 消費される衣装 装飾品 百貨店・・・・等 産業界へとお金が流れました。さらに パリ万国博覧会では 自国の産業育成と競争力を付けることを目的に行われました。(このときの入賞者は世界の一流品というお墨付きでした)
また 1853年 1870年とパリ改造を行い ”モダン都市パリ”と言う位置づけを世界へ印象づけました(今のパリのメイン通は このとき作られたものがほとんどです)。
功績は イギリスとの自由貿易の締結 鉄道の整備・・・ 他にも沢山ありますが 最大の功績は 名高いラグジュアリーブランドの多くが 贅沢政策によって基盤を創った事と 言えるでのではないでしょうか。(別名 産業王とも呼ばれています)  

ナポレオン3世以後も 1900年パリ万博では「アール ヌーボー」スタイル 1925年パリ現代装飾美術 産業美術国際博覧会では 「アール デコ」スタイルと デザインの節目となり 世界へ影響を与えています。(ラグジュアリーブランドは 戦時中を除き 発展を続けて行きます)

近年でも 1982年のミッテラン政権の 初代文化相は パリコレクシヨンの会場として ルーブル美術館の中庭の使用を提案しました。

150年以上前の政策が 今日まで パリを モードの最先端に位置づけていることに 驚きます。当然 時の政権が 保護し続けたということでもあるでしょう。

わが国も この時代 エコカー補助 子育て支援 ・・・・等 ありますが 100年後も 存在する産業を 育成する政策も お願いしたいと思います。

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2009年4月14日 (火)

カルティエのお話!!!

1847年創業はパリのモントルゲイユ街ですが   1899年ラペ通13番地移転します 1904年にはイギリス王国御用達となり 1939年までには15カ国の王室御用達となりました。

「王のジュエラー ジュエラーの王」と言われるカルティエですら 王公貴族の時代のエピソードとして 
ロスチヤイルド家の パーティで ベルギー大使のカルティエ男爵と 間違えられ 招待されたが ロスチヤイルドから 「御用商人など 招待してはいない」と言われ 踵を返したと言われています。

貴族は ブランド以上の付加価値があり 貴族社会の崩壊により 逆にブランドが輝き始めたと言ってもよいでしょう。

カルティエの全盛時代のデザインは 3代目のルイとシャルル・ジャコーとの共同作業でしたが 1942年 ルイが亡くなると 1933年からハイジュエリー部門の管理者だった ジャンヌ・トゥーサンが 責任者となり デザイナーは ペテル・ルマルシャンを選び 動物 鳥のモチーフが 多く採用される様に成りました その代表作がパンテールです。 

ウィンザー公夫妻は トゥーサンの 顧客であり カルティエの広告塔の役目も務めたのも トゥーサンのアドバイスが有ったからのようです。(ウインザー公にパンテールやプラチナを勧めたのもトゥーサンです それが大反響を呼び今日でも人気のシリーズです) 

トゥーサンは1978年に亡くなり 栄光のカルティエ・ファミリーの最後の生き証人が 無くなってしまったと言われています。

1993年より リシュモン・グループ(ピアジェ ダンヒル クロエ カール・ラガーフェルド・・・・・・・)により経営されています

カルティエはジュエリー以外に時計・・があり 専業の「グラフ」のジュエリーにかける情熱に 個人的には 憧れています。

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人造宝石のネックレス

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2009年4月13日 (月)

ヴァンクリーフ&アーペルのお話!!

昨日の続きの様になります。 

1894年アルフレッド・ヴァンクリーフが創業する
1896年 義兄のシャルル・アーペルと共にヴァンドーム広場22番地に小さな宝石店を開く
その後 シャルルの弟ジュリアン ルイも参加し 4人の兄弟は 其々の分野で貢献し 忽ち近隣では 突出した存在となって行きました。
1993年 「ミステリーセッティング」を 完成させました(台座の内側にデザインに沿ってレールの溝が彫りこまれ その溝に合わせ 宝石の底の部分をカットしてはめ込んで固定するセッティング)

「ミステリーセッティング」は 宝石の表面から 留めの金属が見えないセッティングで ジュエリー界に衝撃を与えたと言われています。(丸みを帯びたデザインや立体的デザインを可能のしました) この技法は根気がいる作業で 小さなものでも半年から一年かかると言われています また簡単には マネのできない技法でもあります。

ヨーロッパの王侯貴族から 絶大な支持を得ていた「ヴァンクリーフ・アーペル」は オートクチュールの結びつきが強く ポワレ スキャパレリ ディオール ジパンシー・・・・に協力しています 作品も リボン タッセル フリンジ・・にも関係が垣間見られると思います。

特別な顧客の為の作品は 昨日の ”ジップネックレス”や グレース・ケリーの ティアラは77カラットのダイヤモンドと製作期間も 2年を要したそうです。
またこのティアラはネックレスにも使えるように製作されています。

1954年から 価格を抑えた ”ブティツク ライン”を発表しています この時期には オートクツールのメゾンも次々とプレタポルテを発表しています このことでも大半のジュエリーは 装いの為に存在していることがお分かり頂けると思います。

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2009年4月12日 (日)

ファスナー チャック ジッパー のこと「ジュエリーのホント」的に!!

昨日の夕刊に 「間違いやすい似たものコトバ」として”ファスナー” ”チャック”の事が 書いてありました。
でも もうひとつ ”ジッパー”とも 呼んでいますよね?

ファスナーは 「スライド ファスナー」と呼ばないと通用しないそうです (英国式呼び名)
チャックは 日本の発売元の「チャック印」に由来し 日本だけの呼び名だそうです。
ジッパーは ファスナーを閉める時の音が由来らしく 米国から始まり 世界で使うようになつたそうです。

”ジッパー”の話で 「ジュエリーのホント」として書きたい事は!! 
1931年 ウィンザー公爵夫人が イブニングドレスに合わせるため バンクリーフ&アーペルへ注文した ”ジップ”ネツクレスの事でしょう。(当時はジツパーがファッションに取り入られ始めた頃です)

完成したのは第二次世界大戦後の 1951年となりますが ジッパーを 上げ下げする事により ブレスレットとしても使えるようになっています タッセルの揺れる様 ハートにダイヤモンドをあしらうセンス 布と金属のバランス 50年代のバンクリーフ&アーペルの代表的作品として 技術の革新性 装飾の楽しさから絶賛されたそうです。(1931年”ジップ”ネックレスはアルフレッド・ヴァンクリーフの娘が注文を受けその後何度も挑戦が続けられた上での完成です)

1920年代~1950年代は オートクチュールの時代であり 装飾品も特別に ドレスに合わせ作られていた事も お解り頂けると思います。

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合成宝石(ルビー)ネックレス

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2009年4月11日 (土)

パリュリエて何のことですか?

コスチューム ジュエリーが 最も注目されていた 1950年代に フランスで 「コスチューム・ジュエリーの製造者の事」を 「パリュリエ」と呼び 「パリュリエ」は 職業としても脚光を浴びていました。

その時代は 戦争が終わり 今まで押さえつけていた物が 一気に満ち溢れてきたという状況でした 帝政時代を彷彿させるディオールの優雅な「ニューライン」は 人々を魅了しましました。同時に数々のコスチュームジュエリーも発表されました。

また パリに帰ったシャネル女史の復帰第1回のコレクションは1954年に発表されますが フランスでは 大変不評でした しかし アメリカでは大ヒットとなります 「シャネル スーツ」と呼ばれるものです そのシンプルなスーツに合わせる為 コスチュームジュエリーは 切り離せないものとなっていました。(1955年マトラッセ ショルダーバック発表)

オートクチュールから プレタポルテへの 主力の切り替え時期でもありました。コスチュームジュエリーも 同様に量産型に成っていく時期であり 「パリュリエ」が注目されたのでしょう
アメリカでも 工場で量産を始めたメーカーの中には 企業としての成功者が 数多く生まれました。

この背景には アメリカの経済的発展があったことは言うまでもありません。
(この頃 我が国は 敗戦国であり まだ衣服 装飾品に 興味を持つゆとりは 有りませんでした)

その後 ブランドは 限定生産というマーケティング手法で 希少性を保つていますが
大量生産 大量販売に 向かったメーカーは 粗雑な物づくりに至り 多くは消えて行きました。

ディオール シャネル時代の コスチュームジュエリーは 模造宝石(外観を似せたものガラス アクリル・・・)がほとんどですが 現在 MONDIA BIJOUXでは 人造宝石や合成宝石(化学的に結晶で作りだしたもの)を使っています 

その上で 宝飾技術を使った”クロス オーバー”と呼ばれる物づくりを行っています。
ファインジュエリーにも 負けないものを目指しています。
「ビジュー」もフランス語なので これからは「パリュリエ」と 言ってみましょうか?

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人造宝石パベセツティング ネツクレス

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2009年4月10日 (金)

”バロン・サツマ”て 誰ですか?

昨今のニュースは ユニクロノ¥990ジーンズ!! ¥200台の弁当販売!!イトウヨーカドーの下取り 小田急百貨店の靴の下取り 大丸百貨店 スーツ下取り・・・・・不況による 価格下落と 消費喚起の下取りと 明るいニュースは 有りません!!

こんな中でも景気の良いお話は?

いつもお話しています 「グラフ」は オークションで 1639万ポンド(約23億円)で「ウィッステルバッハ」と呼ばれる53.56カラットのダイヤモンドを落札しました(2008年12月11日)  

このことは 「グラフ」は 最高の素材を求め為にはリスクを恐れない 稀有なジュエラーであると共に このダイヤモンドを使ったジュエリーを 買える力のある顧客を 持っているということの両方にびっくりです。

前置きが長くなりましたが 新刊”「バロン・サツマ」と呼ばれた男” 村上紀史郎著の書評をたまたま読みまして こんな方が 日本にいらっしゃった事に びっくりした事と 自分の無知を 実感致しました。

薩摩氏の事は 雑誌を お読みになればいいことなのですが 一番驚いたのは 1929年に 日本政府が資金難として出資しなかった 日本人留学施設を 西園寺侯爵の要請を受け 薩摩氏が 全額出資して 「日本館」を建設し ホテル・リッツの記念晩餐会では 1億円相当料理を散財したそうです このとき 弱冠29歳でした。
(1929年は 世界大恐慌が始まった年ですし シャネル女史も1939年には 事業を縮小しますが その始まりというような時代です 1939年に第二次世界大戦勃発します) 

この功績{日本館建設)によりフランス政府より レジョン・ドヌール賞を 与えられたそうです(この賞は 1949年ディオールも受賞しています) さらには芸術家 留学生 のスポンサーとしての功績も 多大です。 

氏と 同年齢の 白洲次郎氏は 最近は NHKのドラマにまでなつていますが この薩摩氏の功績を もっと マスコミも取り上げて欲しいと感じました。(薩摩氏も白洲氏も イギリス留学をされています年齢も近いので同時期だと思われます)

我が国には まだまだ知らない方で 日本の為に貢献された方がいらっしゃるとは
思いますが”バロン・サツマ”は 今の時代にも 「日本男児」を感じさせる人物だと思いました。

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合成宝石(エメラルド)と人造宝石のネックレス 

定価 ¥55000

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2009年4月 9日 (木)

「ジュエリーのホント」のサブトータル!!!

良く聞きます 「イミテーションジュエリー」と言う言葉や 「高価なジュエリーは 特別な時に着け 普段は イミテーションを 着ける」というようなこと。

元々 ジュエリーは 王公貴族のみが着用していたもので ヨーロッパといえども 一般の人は せいぜい十字架 マリア様のペンダント のみで 稀にマリッジリングを着けた人もいると言う程度でした。 シャネル女史の提案した コスチュームジュエリーも 最初は 特別の顧客の為でした。

コスチュームジュエリーは 洋服がシンプルであればあるほど ボリュームやバランスの為 オートクチュールとは 切っても切り離せ無いものでもありました。

Jewelry の語源 Jew (ユダヤ人)であるように ドイツのヒットラー政権の発足時 多くのユダヤ人は アメリカに渡り その技術を駆使して コスチュームジュエリーの最盛期を創りあげました。 その時の顧客が 大統領夫人であり 女優やセレブだつたと言うことです。(当然 第2次世界大戦以後 一番繁栄した国がアメリカで あつた事が裏付けになつています)

宝飾の技術で人造石を使用した作品は「クロスオーバー」と呼ばれています。
その後の大量生産 大量販売に向かい 粗悪で安価なものが多くなって行きます。

それは ダイアモンドジュエリーにも同様なことが起こっています ダイヤモンドの年間1億カラットを超える生産にの時代になり アメリカでは大量生産 大量販売がおこなわれ 小売の平均単価は数百ドルにもなってしまいました。
わが国でも 「貴族財の大衆化」 と言う名のもとに 消耗品としての意味しかないダイヤモンドジュエリーが大半となりました。

この様な状態で イミテーション 本物 論議はもう やめてもらいたいと思います
どちらも流行品という消耗品ですし ましてや 旅行や普段使いでの購入は 屋上屋といえます。

他方 特定の顧客の為 グラスのように徹底して素材に こだわるジュエラーや JARのように独自のデザインで評価を受けるジュエラーもいます。この様な作品は レプリカを作り使用する場合もありますが 一般では 写真以外に見ることもないものです。

コスチュームジュエリーでも 現在クロスオーバーの製品を作ているメーカーもあります。
我が国では MONDIA BIJOUXも クロスオーバーのものづくりを続けています。

2009_04094090002 2009_04094090017  クロスオーバーの物づくりの例です

裏からの写真です

オープンセッティングです

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2009年4月 8日 (水)

ミス ユニバースの王冠!!!

最近 わが国の女性が グランプリ受賞と 馴染みのあるコンテストです。

1952年 アメリカ カリフォルニア州ロングビーチよりはじまり今日まで続いています。
1990年後半より トランプ財団とNBCの共催となつたそうです、トランプ氏の発言力が かなり運営方法等に影響を与えているようです。 (現在の本部はニューヨークです)

2009年 トランプ・エンターティメント・リゾーツが 連邦破産法の適用を申請しています それ故かどうか解りませんが 本年度のコンテストの開催地は未定です 日本の大会は5月11日が最終選考日となっています。

ミスユニバースと我が国の関わりは 2006年 知花くららさんが2位 2007年 森理世さんがグランプリ受賞 
1973年 デザイナー森英恵先生 1993年 ジャズミュージシャン松居慶子さんが審査員を務めました。

さてここで 本題の王冠の話になります 2002年に御木本パールは ミスユニバースの王冠を寄贈し 2002年以後は この王冠が毎年のグランプリ受賞者の頭上に輝いたのです。

しかし 2008年は ベトナム開催と言う事からか? ベトナム PNJ社の王冠を使用しました 本年は 開催国が 決定していないそうですが 王冠は アメリカの人造宝石のメーカーに決定したそうです。

人造宝石の推薦派ですが バイ・アメリカン?と思ってしまいました。 

御木本パールの王冠は パール使いの素敵なものです 1回は日本女性の頭上に輝いたとは言え”モッタイナイ!!”の突っ込みを入れたくなりました。

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人造宝石のネックレス

定価 ¥45000

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2009年4月 7日 (火)

クリスチヤン・ディオールのお話!!

シャネルが まだ仕事を休んでいる (1946年に第2次世界大戦が終結)
1947年8月に ディオールは エレガントなコレクションを発表します 今まで戦時中の制約されていった反動もあり 息をのむ程の優雅さが反響を呼び 雑誌編集者の「ニュー・ルック」という言葉は 世界のニュースとなったそうです。

ディオールには 最初から投資家が付き 優秀スタッフをスカウトができ アメリカへの進出もスムーズでした。1947年末のフランスのクチュール輸出の75%はディオールが 占めるまでとなり 「レジョン・ドヌール勲章」を受賞しました。

ディオールが デビユーしたのは 43歳の時でした。 裕福で厳格な家庭に育ち 服装にも厳しく アトリエでは白衣を 他ではスーツ着用と 他人のカジュアルな服装を注意するほどだつたそうです。(週末の田舎では勿論カジュアルな服装です)

彼はコレクションで ドレスも 昼用 夜用 コスチュームジュエリーも同様に 区別して作っていました。
アメリカ人デザイナーのミツシェル・メィヤーによる ディオールのコスチュームジュエリーは 真珠 ラインストーン使いで素晴らしい出来栄えだったそうです。

最初は コスチューム・ジュエリーも顧客の為に限定で作っていたのですが ライセンス生産をおこない大量生産 大量販売となり さらには価格の安いコピーが出回りるという流れは ディオールだけではなく他のデザイナーの作品にも繰り返され 最後は最初の目的のコーデュネートとは かけ離れたものとなった物が流通することになつてしまいました。

この大量生産された安価で粗雑な物を イミテーションと言うかもしれませんが 宝飾技術を使ったコスチュームジュエリーは 「クロス・オーバー」と呼ばれ 大量生産 大量販売の ダイヤモンドジュエリーより高価なことは言うまでもありません。

ディオールは「モードの王」と呼ばれた黄金期に 53歳で亡くなります 僅か10年の活動でしたが 当時21歳のイヴ・サンローランが引き継ぎ その後も優秀なデザイナーに引き継がれ今日まで続いています。

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2009年4月 6日 (月)

経営者としてのシャネル女史!!

1929年の世界恐慌後の シャネル女史の行動で注目されることは 1932年のダイヤモンドジュエリー展です。

市場の悪化により 経営者として 価格 付加価値の高い ダイヤモンドジュエリーにシフトを移したという側面以外にも 彼女の恋人と噂されたポール・イリブの存在があったようです。

イリブは カルティエのデザイナーの後 シャネルのテキスタイルデザイナーとして働くようになり やがて宝石部門を任されます。 「シャネルのダイヤモンドジュエリー展」は デビアスの提携で イリブのディレクションで行われ 大成功を収めました。

1934年には アクセサリーの工場 テキスタイルの工場を開設しました。同じ1934年には シャネル女史が 1927年より ジュエリーの制作を任したヴェルドーラがやめていきますが 量産化体制やイリブの関係もあつたのかな?とかと つい詮索してしまいます。
(ヴェルドーラのデザインはシャネルのマルタ十字のバングルが有名です)

1937年にイリブの急死 第2次世界大戦勃発と続き シャネル女史は 1936年から続く会社のストライキにも頭を痛め アクセサリー 香水部門を残し 他の部門の閉鎖を決定しました。

このときの シヤネル社の従業員は 4000名のぼると言われています。このように大会社の社長でもあつたシャネル女史は このあと15年の沈黙状態があり。

そして1954年の復活に続くのですが ”モードは早く死んでほしい それが利益に繋がる”と言ったシャネル女史の経済哲学の上の行動だったのでしょうが 女性としてのシャネル女史の行動でもあったのでしょう。

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合成宝石(ルビー)のネックレス

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2009年4月 5日 (日)

ブシュロンのお話

バンドーム広場繋がりで 今日は、ブシュロンのお話です。

1858年に フレディリック・ブシュロンによって創業され 150年の歴史を誇る老舗のジュエラーです、バンドーム広場への出店は 5店舗の中では一番早いそうです。  

ナポレオン3世の国家の育成政策であるパリ万国博覧会で 1864年にグランプリを受賞しました。 この当時は 「御用達ジュエラー」か 「博覧会受賞者」が 「ラグジュアリーブランド」として世界に認められる王道でした。その後は 高級宝飾店として 今日に至りますが 常に積極的で デザイン面でも スネークやアールヌーボー様式のモチーフで 自然を生かした物づくりを まつ先に行ったのもブシュロンです。

また ブシュロンは ダイヤモンドの品質評価を独自の格付けを 行っています 最高点は100点ですが 90点以下のダイヤモンドは取り扱わないそうです。

インターネットのオンラインショップの開設 やバッグ 香水 時計とのチャレンジを続けています あの電話機「Vertu」!!!もブシュロン製のようです。
尚 2000年にグッチ・グループ傘下となっています。

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MONDIA BIJOUX

マジョルカパールのシリーズ

ネックレス ¥110000

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2009年4月 4日 (土)

王冠(クラウン)について!!

ティアラについて 記事を書きましたので クラウンについても書かなければという事以外に 

金融サミットで エリザベス女王が 各国首脳をバッキンガム宮殿に お招きになり記念撮影をする時に イタリアのベルルスコーニ首相が 大声をあげ オバマ首相を呼んだ事に 
女王は 「何なの なぜ叫ばなきゃいけないのかしら」と 不快感を示されたそうです。
また 英国の新聞には、「まるで観光客」と書かれていたそうです。

王冠は 権威の象徴として 頭の上にかぶる冠は 古代エジプトより存在し 古代日本でも 同様なものが存在したそうです。

王冠は 戴冠式に使用するものはベルベット等で作られた部分と 多くの宝石が付けられたアーチ部分に分かれる物が多いが 非常に重く 通常の公式行事は 軽いタイプの物を用い 女王の場合 ティアラを 用いることが多いそうです。

さらに コロネットと呼ばれる小型の冠は 貴族・王族が使うもので 現在でも イギリス貴族の正装では 爵位ごと決められたコロナットを 使用していると言われています。

そういうお国柄 イタリア首相の行動は 顰蹙を買ったのでしょう。2009_04040019

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合成宝石のリング

定価 ¥55000

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リングの幅は15ミリです 人差し指や中指に着けても素敵です!!!

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2009年4月 3日 (金)

メレリオ・ディ・メレーのお話!!

ショーメのお話の中 ヴァンドーム広場に 本店がオープンしたと言う事の続きなのですが

ヴァンドーム広場の5大宝飾店(グランサンク)中で一番創業が早いのが「メリオ・ディ・メレー」です 「ショーメ」 「モープサン」 「ブシュロン」 「ヴァンクリーフ・アペール」と続きます 「グランサンク」も もともとは「フランス高級宝飾店協会」のことで なかなかまとまりにくく カルティエも脱会したりで最終的に5社になってしまつたそうです  今ではパリでこういう呼び方はしないそうです。

メレリオの創業は1613年でルイ13世の摂政メデシスの引き立てで御用達ジュエラーとして顧客を広げ さらにはナポレオン1世の皇妃ジョゼフィーヌ気にいられ商いは拡大し 1815年には ラ・ぺに店を構えましたが 1848年の2月革命で一時的スペインに行きを強いられましたが 1852年パリに戻り店を再開します その後はナポレオン3世や皇妃 ロシアやポーランドの貴族達を顧客に獲得して発展していったのでした。

メリオットは 石選び 研磨 金細工 セッティングを本店に併設し 顧客のどのような注文にも対応できる様 専属職人を配置しました。

パリ万国博覧会での数々の受賞 2005年のダイヤモンドの新しいカットは 「メレオカット」と呼ばれ 宝石商の名前がついたカットは初めてであり 技術の裏付けを証明しているのですが 一番ビックリするのは 現在でも「メレリオ家」が 経営している事でしょう (グランサンクの中ではメリオット 1社だけです)

それゆえ日本では 知名度がもうひとつですが 大グループに属さない 職人気質を感じ 好感を 持てます。

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ネックレス ¥38000

ピアス  ¥30000(イアリングに加工できます)

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2009年4月 2日 (木)

フランス王室のダイヤモンド・ジュエリーの行方!!

フランス王室のダイヤモンドを含む宝石は ルイ14世以来の欧州屈指の 大コレクションと言われるものでした。

フランス革命で まず半減しますが それをナポレオン1世が買い戻し 2月革命でまた紛失します 今度は第二帝政期にナポレオン3世が買い戻します その後は共和政府が没収してしまいます 、 
止めを打つたのは 共和政府による競売です 1887年5月12日~23日行われ。 ダイヤモンド7万2千個を含み 売上は総額720万ゴールドフランになったと言われています。

世界中のバイヤーの中で 一番の買い手はティファニーと言われています ティファニーは ダイヤモンドを取り外し 独自のデザインにして ダイヤモンドの由来(フランス王室)証明を付け 販売したそうです。

フランス王室のダイヤモンド・ジュエリーはこの様にして 大半喪失してしまい このことは 近代史に残る愚行と言われています。

2009年3月27日~5月24日京都文化博物館で開催している「イタリア美術とナポレオン」展で ショーメが製作した「ナポレオン1世の戴冠式の剣」等を 肖像画で見ることができます 機会のある方はご覧下さい。 

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マザーパールと人造宝石のブローチ

定価 ¥30000

春の装いにピッタリです

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2009年4月 1日 (水)

ショーメのお話!!

1780年に創業者エチエンヌ・ニトが宝石店を開きました。 開業時は小さなお店でしたが あの有名な出来事がありました。

「若き日のナポレオン1世の馬車が暴走していたのを ニトが暴走を止め助け出した」と言うことです 後に皇帝となったナポレオンは 恩に報い1802年に ショーメを御用達ジュエラーとしました。

昨日の記事にも書きましたが ナポレオンに 戴冠式の剣の作製を命じられ フランス王家に伝わる140カラットのダイヤモンド 「レジャン」をセットした剣を ニトは作製しました さらには ナポレオンの結婚時には マリー・ルィーズのティアラなどウェディングジュエリーの作成を命じられ 御用達ジュエラーとしての揺るぎのない地位を確立していきました。

1848年にはロンドンに支店を開き ヴィクトリア女王の御用達ジュエラーとなり。
1907年に7代目ジョセフ・ショーメの時から 「ショーメ」と言う名を付け パリのヴァンドーム広場12番地に店お構え今日に至っていますが 現在はLVMHグループに属しています。

ショーメのジュエラーとしての実力も当然優れたものであった事でしょう、 しかし偶然のナポレオンとの出会いがなかったら 御用達ジュエラーの道は無かったでしょうし 今日まで続くハイ・ジュエラーでも無かったでしょう。 

人と人との出会いは 古今を問わず大切な事ですが 自分の力以上のことさえ実現できる可能性があると 教えられる出来事です。

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オニキスと人造宝石のネックレス

定価   ¥120000

ピアス   ¥40000

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