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2009年4月28日 (火)

ミリアム・ハスケルについて!!!

ミリアム・ハスケル(1899年~1981年)について検索が多い様なので記事にしました。

”アメリカン・コスチュームジュエリーの女王”と呼ばれ 今でも人気のコレクターアイテムとなっています。

コスチュームジュエリーの口火を切ったのはシャネル女史であり ハスケルもシャネル女史に 憧れていたと言われています。

フランスのメゾンのコスチュームジュエリーの考え方と違い ハスケルは”最高のジュエリー”を作るという考えのもとに臨んでいる点が メゾンのデザイナーと決定的に違う点です。

その根本の理由は アメリカには 貴族が居なかったからです!!!。
シャネル女史のオートクチュールの顧客は 貴族達から始まりますが 戦争の為男性が少なくなり やがて女性の社会進出が始まろうとする時代であり オートクチュールも 貴族が主たる顧客にならなくなってきた時代です.
シャネル女史の「夫や彼の財力を 手や首に巻いた様なジュエリーは お洒落でも何でもない!!」という意味は 女性の自立を促している言葉でもあります。

ハスケルは1923年で店を開き 1926年には自身のブランドを発表し 大成功を収めます
ハスケルは自身のプライドを保つ為に 「ブランドクオリティ」こだわり 素材はヴェネチア ボヘミアンから取り寄せ コーラル シェル など自然素材も使い 素材の止め方もワイヤー使いでワイヤーを隠すために さらに徹底した仕上げをおこなつています。
デザインは 天才デザイナーと呼ばれたフランク・ヘスによるものが多く 彼女はディレクター的な役目が主で 「彼女の新作」が発表するごとに ラリー・オースチンにより宣伝用のスケッチをさせ 一点ものには ナンバリングまでしていました。
(ジョーン・クロフォードの遺品にハスケルの作品が買った時の箱に入れ 値段と日付まで書いた状態で見つかったそうです いかに大切にしていたかと言う証拠でしょう)

1929年の大恐慌も 乗り超え1933年に60人の従業員を抱え工房やショウルームまで開設し 当時のルーズベルト大統領夫人もハスケルの作品を着用するまでとなり シャネル女史に憧れていた彼女が 今度はパリやロンドンにも輸出するまでとなります 第二次世界大戦後絶頂期を迎えますが 1950年にはハスケルは精神を病み 事業を実弟に譲りわたさねければならなくなります。

デザイナーはヘスは1963年1年程他の会社で「アモラレリ」を発表しますがその後戻り10年間勤め上げたそうです
60年代の主力デザイナーはロバート・クラー ピター・レインズ70年代ラリー・ウルバ
80年代ミッリエ・ペトロンツィオに引き継がれていきました。(後に独立した人も多い)

また ハスケルのところで働いた人で独立した ロバート・デ・マリオやスタンレー・ハグラー ユージン・シュルツにも彼女の影響が見られると言われています。

MONDIA BIJOUXは クロスオバーの技術で 最高の素材で 物づくりを行っています
ハスケル女史の物づくり情熱を引き継ぐつもりで頑張ります!! 

2009_04284280019 MONDIA BIJOUX

マジョルカパール(貝パール)マルチカラーの3連ネックレス

定価 ¥140000

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