「トリファリ」と「アルフレッド・フィリップ」について!!
1900年代初頭に イタリア ナポリ出身の”ギュースターヴォ・トリファリ”が叔父と共にヘアアクセサリーのメーカーを始めます。
1917年に販売経理のエキスパートの”レオ・クラスマン”が加わり コスチュームジュエリーのメーカーへ転換し 会社大きくなつて行きます さらに営業力のあるカール・フィシェル が加わって トリファリのデザイン力 クラスマンの経営力 フィシェルの営業力と の分業が行われ 会社として発展して行きました。
しかし本当に”トリファリ”が認められたのは 1930年に”アルフレッド・フィリップ”がチーフデザイナーとして参加した時からと 言ってもいいでしょう。
”フィリップ”はハイジュエラー ”カルティエ”や ”ヴァンクリーフ&アーペル”に在籍していました
彼の宝飾技術で生み出す ファインジュエリーに遜色ないハンドセッティングの作品は「ラインストーンの王者」とまで呼ばれました。
”フルーツサラダ シリーズ”と呼ばれるデザインはカルテェの”トゥッティフルティ”にヒントをえて作成されたと言われ
「インヴィジブルセッティング」は ”ヴァンクリーフ&アーペル”の”ミステリーセッティング”を参考に 石を留める金属を徹底的に隠して止める技術を開発し 製品のグレードをアップするため 宝飾技術を駆使して作品を作り上げました。(彼が在籍したのは 1930年~1968年の長きに渡りました)
地金は銀 ゴールドメタル・・・を使用していましたが戦時中は銀の急騰や 軍の指示で制約を受け「トリファニューム」というアルミ合金を開発して使いました。
トリファリの もう一つの力は 宣伝力でした 「JEWELS BY TRIFARI」の宣伝が1938年に全米に向け広告を出し 同時に価格の抑えた製品も発表するという抜け目のない戦術でした。
話題性も巧みに取り入れ 戦時には 星条旗とか双頭の鷲 エリザベス即位の時は即位記念とかに必ずシリーズを発表しました アイゼンハワー大統領夫人は 1期目 2期目と「トリファリ」にジュエリーを注文しました。
こうして現在でも続くトリファリですが 実体は1970年以降 ホルマーク ・・モネグループ・・と代が変わり現在は リズ・クレーボンがオーナーになっています。
ホンモノ ニセモノでも申し上げましたが
①消費者が 王族貴族から資本家さらに一般大衆変わったジュエリー
②ダイヤモンドが不足していた時代と 現在 質はともかく100万カラットの毎年生産されるダイヤモンド
③ジュエラーも初代とかそこで最高の物を求める人が働いていた時代と ファンドとかに買収された時代のジュエラー( そこには利益追求の宿命があります)
リスクを恐れず最高の物にチャレンジする初代は 現在で思い浮かぶのは”グラフ”が代表する人でしょう
同時に”フィリップ”が辞めたトリファリは名前だけのものになり現在に続いていますが
ハイジュエラーと呼ばれるジュエラーでも 同じことが言えます
結論づけるとすると 稼業から企業化とでも言えるのでしょうか?
そんな状況下(①~③) 我が国では 今でも 偽物 本物の論議!!
何が本物か? には歴史を知ることも必要ですし
一般的ジュエリーは ダイヤモンドでもプラチナでも 唯の装飾品(コスチュームジュエリー)と呼ぶ 流行品でオシャレ用です!!
買い換えたり 着け換えたりして楽しむものです!!それが贅沢なんです!!
ラグジュアリー(贅沢)ブランドも ほとんど流行品を販売しているのです!!
毎年新作発表している事で 御解りになると思います。
自分の理想を求めるとMONDIA BIJOUXでも 道楽ですか?と聞かれます
道楽ではありません 一段一段上がる度 お客様に満足いただき 自分にも納得できる物づくりをしているだけです
一度お試し頂いたり ご希望もおよせ頂ければ幸いです。
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