”スキャパレリ”のお話
”エルザ・スキャパレリ”は 1890年イタリアローマに生まれ
1941年ロンドン遊学中に知り合ったケルロル伯爵と結婚し後にニュヨークにへ渡るが
離婚し 第一次世界大戦(1914年~1918年)後の娘と共にパリに移住する
この後 デザイナー「ポアレ」に才能を見出され支援を受け これを機にデザイナーとして出発し1925年に店をオープンし 1927年にコレクションを発表
1930年”エルザ・スキャパレリ”のブティックをオープンさせる
1935年には メゾン「スキャパレリ」をオープン 当時の著名の映画女優 舞台女優に絶賛されます。
彼女は”シュールレアリスト”の「サルバトール・ダリ」 「ジャン・コクトー」・・・彫刻家の「ジャコメッティ」との交流があり アートとモードの融合をさせた最初の人とも言われています。
有名な「ショッキング・ピンク」を始め独特の派手目と言われる色使いに特徴があり 肩幅が広くウエストを絞ったシルエットの作品を発表しています
1930年頃より コスチューム・ジュエリーを作り始め トータルファションを提案しました
1930年代後半にはジーン・シュランバーゼーをデザイナーに加えコスチュームジュエリーや付属の担当者にしています(後にアメリカに渡り ティファニーのカスタムジュエリーデザイナーとなりました)
スキャパレリは第2次世界大戦(1941年~1945年)が始まるとアメリカに渡り ニュヨーク支店を開く
1949年 販路拡大の為 コスチュームジュエリーをライセンス契約し 自身はブランド管理にまわリました。
パリのメゾンは1945年再開されるも1954年のコレクションの発表を最後に閉店され 引退しました。
彼女はライセンス生産された商品のタグに「パリでデザイン アメリカ製」と書かせたそうです どうすれば自己をアピールでき 巧みに市場に合わせる経営戦略まで考えています 女性の自立が始まったばかりの時代に シャネル女史といい 経営まで考えた戦略には脱帽するばかりです。
彼女のメゾンからピエールカルダン ユベール・ド・ジバンシーが巣立っています
「ジュエリーのホント」として 一言
「コスチュームジュエリー」からティファニーのデザイナーになつたシュランバーゼーの様な人もいれば 「ハイジュエリー」から「コスチュームジュエリー」に移った人も多い時代です
戦争中 戦後と使う素材も変わります 購入者も 貴族 資本家 大衆と変わっています
素材だけを見て 模造 イミテーションとか ダイヤだったら何でも本物!!
こんな解説もう止めましょう 我が国のジュエリーの大半はオシャレ用です
100年前は貴族しかオシャレを楽しめなかったのです オシャレをどんどん楽しみましょう!!
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